評論家はいらない。自分でやれ!人に意見するより自分の仕事の心配をしよう
評論家はいらない。連日のコロナ騒動でも改めて評論家はいらないと感じました。
評論家にコメント貰っても時間の無駄なので無視をしています。
ブログを書いたりセミナーを開催したりコンサルティングしているといろいろご意見やアドバイスをいただくことがあります。
こうした方がいいとか
あーした方がいいとか
いろいろ言われるわけです。正直大きなお世話です。評論家はいらない。
こんな話を聞くたびに思うのは「私のこと考えている暇があったら自分の心配をした方がいいんじゃない?」ということです。
プロ野球選手が、アマチュアの意見を必要とはしませんよね。私もプロ野球選手も誰かの意見を聞くとしたら自分より結果を出している人からというのが基本なのです。
あなたも誰かに意見していた場合には、どうせ聞いてもらえないから無駄と考えそんな時間があったら自分の心配をすることをお勧めします。
評論家はいらない。批評家になってしまうと自分のことを棚に上げて偉そうなことを言う存在になりがち
学びをやめたら馬鹿になるので注意。私もうるさいことをあまり言わなくなりなんでも自由な雰囲気にしました。
その結果、夜遅くまで飲んで打ち合わせに遅刻してくる人や知った気になってしまって真剣に学ばない人が増えました。
その後2年が経ちどうなってしまったのかというと仕事が出来ていない人が増えました。
そして何を隠そう私自身もややだらしなくなり太ってファッションレベルが落ちて仕事も丁寧でなくなっていたのにその自覚がありませんでした。というわけで、出来る気になって真面目に学ばなくなるとろくなことはないと反省した次第です。
評論家はいらない。人間日々学んでいないと現状維持すらできずダメになっていくものですので日々学び続けることが大切ですね。
何かを批判して自分を高く見せる。そんな評論家はいらない。
政治家や有名人を批判すること
食べ物やお酒を批判すること
マナーが悪い人を批判すること
誰かを批判し自分はわかる人間であるとアピールする人がいます。
そして、その批判はタイミングや言い回しによっては批判を聞いた人から凄いと思ってもらえます。的を得た批判ツイートはツイッターなどでも拡散され拍手喝采されるものです。
しかし、批判というのは諸刃の剣で下手な批判をすると自分の方が損するものです。
まず、批判した相手とその仲間から嫌われてしまいます。また、批判的な話は聞いていて心地よくないことが多いので人に避けられやすくなります。
つまり、本当に多くの人がそう思っているときにみんなを代表して代弁する形にしないとなかなかプラスにならないのです。
マニアックな内容の批判などは共感出来る人が少ないのでただ嫌われ避けられることに繋がるのです。
評論家はいらない。
私が学生時代に音楽をやっていた時音楽マニアのおじさんが有名アーティストの曲を批判していましたがたいていの批判はそれと同じレベルで第三者から見て痛々しいだけなので気をつけた方がいいですね。